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名古屋地方裁判所 昭和37年(ワ)475号 判決 1964年3月19日

原告 国

訴訟代理人 上野国夫 外四名

被告 島田新平

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

一、原告指定代理人等は、「被告は、原告に対し金十五万千九十七円及びこれに対する昭和三十五年六月二日より右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をなせ、訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次の1のように述べ、被告の主張に対し、なお次の2以下のように述べた。

1(一)  原告(所轄庁は、熱田税務署長、以下これに同じ)は、訴外中部日本急配株式会社(以下破産会社という)に対し、昭和三十年八月十六日現在において、納期を経過した昭和二十八年度源泉所得税金等合計金十一万三千四百三十四円(内訳同年度源泉所得税金十万百九円、加算税金二千五百円、利子税金三千百二十円、延滞加算税金五百円、昭和二十九年源泉所得税金六万五千百三十五円、加算税金一万四千五百円、利子税金一万五千八百七十円、延滞加算税金千七百円)の租税債権を有していた。

(二)  破産会社は、昭和三十年七月四日破産宣告を受け、被告は、同日その破産管財人に選任された。

(三)  そこで原告は、同年八月十六日被告に対し、前記滞納税金につき、明治三十年法律第二十一号(旧国税徴収法)第四条の一及びその施行規則第二十九条による交付要求をなした。

(四)  原告は、昭和三十六年六月に至り、被告から未だ前記滞納税金に対する交付がないため調査したところ、被告は、原告に対し右交付をなすべきに拘らず、これを無視して破産手続を進行した結果、昭和三十五年六月一日既に前記破産手続が終結しその決定がなされていることが判明した。

(五)  被告が、財団債権である原告の前記租税債権についての交付要求を無視してその弁済をなさずに前記破産手続を終結させるに至つたのは、破産法第百六十四条第一項に定める破産管財人の義務に違反するものであるから、被告は、これによつて損害をこうむつた原告に対し、同条第二項に従いその損害を賠償する義務がある。

(六)  よつて、原告は、被告に対し前記破産終結決定の日の同日現在の前記租税債権の滞納額金十五万千九十七円及びこれに対するその翌日の同月二日より右支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ次第である。

2(一)  被告主張の後記二の1の(一)は、原告が被告主張のような註釈付交付要求をなした事実は、認める。原告が右交付要求をなした当時郵便事情が悪化していた事実はない。その余の事実中、被告に関する部分は、不知、原告が徴税につき熱意を欠いたとの部分は否認する。

(二)  被告主張の後記二の1の(二)は、原告主張の租税債権等が存在しないとの点及び被告が昭和三十四年三月頃(右註釈付交付要求書が到達した直後頃)原告に対し原告主張の租税債権につき不承認の意思表示をなしたとの点を否認し、その余の事実中被告及び破産財団に関する部分は知らない。その余の主張及び同二の1の(三)の主張は争う。

(三)  被告主張の後記二の2は、破産債権額及び財団債権額、同二の2の(二)の事実(但し、破産会社の引延によるとの部分は不知)、被告が昭和三十四年三月末熱田税務署に出頭し示談解決の申入(但し、その内容は、破産会社が無資産の状態であるから附帯税を免除して欲しいとのことに過ぎない)をなした事実及び右破産手続の進行経過を認める。他の財団債権者がいずれも被告の示談申入につき一部又は全部の交付要求を事実上撤回してこれを承諾したとの点(右財団債権者は、いずれも右破産終結後その全部又は一部の財団債権につき已むなく不納欠損処分をなしたのに止る)被告が原告に対し前記以外の示談申入をなしたとの点及び原告が財団債権者としてその権利行使に無関心であつたとの点は、いずれも否認する、右破産手続において、原告の右財団債権が除斥されたことにつき、原告に過失があり、被告に過失がない旨の主張は争う。

(四)  後記二の3、4の主張は争う。

3  原告は、昭和三十年八月十六日官報により破産会社の破産宣告の事実を知り、前記のような租税債権につき被告に対し交付要求をなしたものであるが、仮りに然らずとするも昭和三十四年三月六日附の前記交付要求書が被告に到達しているのであるから、被告は、原告の右租税債権を除斥して配当手続をなすことは許されない。

4  右の租税債権の存在を否認する被告の主張は、不当のものである。

(一)  そもそも国が存在しない租税債権を主張すると考えること自体常識に反するのであり、しかも破産管財人は、財団債権につき、その届出の有無に拘らず、その知る分については弁済をなすべき義務があり、又財団債権が、破産手続によらず弁済される結果、その存否如何は、破産債権者に対し重大な利害関係があるので、その届出の有無に拘らず、いわゆる善管義務をもつて調査する義務があるものというべく、破産法が管財人が財団債権の承認をなす場合には、監査委員の同意を必要とするとしたのも、かかる調査義務を前提とするものである。

(二)  ところで被告はその主張するような理由から原告主張の租税債権の存在を否定するが、その理由は、いずれも右債権の存在を否定するに足る事実に該当しない。納付ずみの証拠がなければ、納入の事実がないと考えるべきであり、被告の時効の主張に対する見解は、納期につき、昭和二十八年分が昭和二十九年三月末日であることを誤解したものであつて、同年度分は、再交付要求のなされた当時においても時効により消滅していないのであるから、正当のものといい得ない。

なお、右交付要求書に記載された納期は、原告において、法定納期限に納入されない場合の納税告知書に指定された日をいうものであるから、被告主張のような不審のものではない。

5  被告は、原告主張の前記租税債権の存否につき、なすべき調査をなしていないし、又原告に対し右債権を否認した事実もない。

(一)(1)  被告が熱田税務署と交渉をなしたのは、昭和三十四年三月下旬被告が同署に出頭し破産会社の財産目録と称するものを示し、無資産に等しい状態であるから附帯税の免除をして欲しい旨申入れ、同署員は、右申入には応じられないが計算書の写の送付があれば、本税附帯税を一括して執行を停止することを考慮する旨回答したところ、被告は、後日右の送付を約して帰つたことがあるのみである。同署は、その後被告から右書類の送付がなく、被告と連絡ができずにいたが同年九月二十六日伊勢湾台風により甚大な損害を受け、その復旧に追われ右租税債権の措置をなし得なかつたのであるが、被告は、その間右債権を除斥し配当手続を了したのである。

(2) 被告が、その主張するような事由から原告の右租税債権につき疑問を有するならば、破産管財人として破産会社、右税務署等につき説明を求める等してその存否を調査すべきであるのに、被告は、右税務署に対し前記申入をなしたのみで何等の調査をなしていない。

(二)  前述したように被告は、原告に対し前記租税債権につき不承認の意思を表示していない。右税務署は、原告から右債権につき異議ある旨の意思表示があれば、当然その権利行使のため必要な措置に出たのであるが、被告からの申入は、前記のように唯示談解決の申入に止つたから、右の手段を執らず、弁済を受けられるものと信じていたのであつて、その不知の間に権利行使の機会が与えられず、右債権の弁済を受けられなかつたのである(被産手続が公行されるものであつても、右のような原告の場合は、その手続の経過を知ることは、困難である、特に右手続が小破産によりなされている以上なお更である)うえ、右のような天災に見舞われたのであり、しかも破産管財人が違法の措置に出るとは考えられないのであるから、原告は、右権利行使につき何等懈怠の事実はないのであるが、仮りにその事実があつても、被告が破産管財人として、右租税債権につき異議を述べないでこれを除斥し、配当手続をなしたことは、その善管義務に違反(軽過失違反も含まれる)するものであつて、右過失には何等の消長を来たさない。

6  被告は、原告の前記租税債権を除斥したのは、訴外日米鉱油株式会社において、破産財団を確保したのに拘らず、これに対し配当をなさないのは、具体的かつ実質的に考えると適法な破産手続をなすことにならないからであるとの旨主張するが、この見解は、不当である。

(一)  現行強制執行手続の採用する平等主義のもとにおいては、執行申立をなした債権者を他の債権者に優先させて弁済を受けさせることはできない。被告の右主張が不当であることは、優先主義と平等主義の優劣につき未だ決着していないことと、右のように平等主義が維持されていることから明白であるのみならず、破産手続の場合に被告のような主張をなすことは、債権の公平、平等弁済を目的とする破産手続の意義を抹殺するものである。

(二)  破産法が、財団債権につき、破産債権より優先して弁済を受けさせることとしたのは、財団債権の特殊性に鑑み、このような取扱が公平妥当であるとすることによるものである。財団債権が破産債権よりも優先して弁済を受けることとしたのは、法の予定しているところであるにも拘らず、被告は、その主張するような不当な見解のもとに故意に原告の右租税債権を排除したものである。

7  以上述べたように被告は、破産法の規定に反し、故意に原告の右租税債権を除斥したか又は少くとも過失により右の除斥をなしたものである。従つて被告が、右除斥につき、破産管財人として過失なしとの主張及び原告において右除斥されたことにつき過失があるとの主張は、いずれも理由がない。

二、被告は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、答弁として原告主張の前記一の1の(一)の事実は、否認、同(二)の事実は、認める、同(三)の事実は、否認(但し、原告は、昭和三十四年三月六日附で利子税を除いたその余の原告主張の債権につき、昭和三十年八月十六日交付要求書が提出してあるが長期間経過のため再提出する旨の註釈付書面を被告に郵送し、被告がこれを受領したことはある)、同(四)の事実中昭和三十五年六月一日破産終結決定があつたことのみ認め他は否認、同(五)、(六)の原告主張は、争うと述べ、なお、否認の理由及び抗弁として次のように述べた。

1(一)  原告は、昭和三十年八月十六日被告に対し、その主張のような租税債権につき交付要求をしておらず、昭和三十四年四月被告が原告以外の財団債権者との折衝を終り、若干の配当財団につき破産債権者に対し配当手続をなし破産手続を終了し得る間際になつて前述したような、利子税を除外した註釈付交付要求書を被告に対し郵送して来たに止るのである。このことは、次のような事実からも明白である。

(1)  原告は、右破産宣告の前である昭和二十九年四月一日破産会社が既に経営不振となつていて、これに対する適切な徴税措置の必要があることを知りながら、その有する資産(三輪トラツク十四台、電話加入権等)につき、差押等をなさないで、昭和三十年三月八日に至り、右会社よりの徴税は、その見込みなしとしていたのであるから、右破産宣告の前後を通じ右会社からの徴税には、熱意を欠いていたものである。

(2)  被告は、破産管財人として公正な職務の執行をなしていたものであり、元より原告に対し何等の私怨がないから故らに原告の財団債権を排除する理由がないうえ、原告を除く他の財団債権者の全部が、破産裁判所を通じて被告に対し交付要求をしているのであるから、独り原告のみが例外となるとは到底考えられない。

若し仮りに原告が、昭和三十年八月十六日被告に対しその主張のような交付要求をなしていたとしても、右要求は、当時の郵便事情等のためか被告に到達していないので、被告に対し効力を生じない。

(二)  原告主張の租税債権等は、その存在自体疑問である。

(1)  破産会社は、昭和二十七年十二月十二日資本金五百万円で設立されたが、その当初から資金に乏しく経営が不振のうえ、事故の発生等により、昭和二十八年三月末日に至ると営業不能に陥り、従業員に対する給与支払も不能となり、漸く手持債券等まで処分して給料の支払、未払利子の弁済をなし得たものである。

(2)  被告は、破産会社の破産管財人に選任された当時事故のため入院中であつたのでその代理人をして破産財団に属する物件の占有、管理及び封印、諸帳簿の閉鎖等の職務の執行に着手せしめたが、換価価値のない中古机等の物件が数点存するのみで、諸帳簿の整備も不完全であり、この儘では破産廃止手続に進む以外方法がない状態であつた。

(3)  被告は、昭和三十四年三月六日附の原告からの前記註釈付交付要求書の郵送を受けたが、しかし右のような破産会社の経営状況と配当間際になつての原告の右交付要求につき当惑したが、破産管財人としての職責上右交付要求を無視できず、原告の右要求にかかる財団債権につき調査したが、次のような事由からこれを認めるに至らなかつたので、その頃原告に対し、その旨の申入れをなしたものである。

(イ) 破産会社の前述のような経営状況に加え、破産会社には、昭和二十八、二十九年度の源泉税につき未納を是認するに足る諸帳簿がない。

(ロ) 源泉税は、その納期につき特殊の制度が存することに鑑み、原告が、右未納を長期間放置し、何等の徴税措置を講じないで放任している態度が不可解である。

(ハ) 右交付要求にかかる源泉税の納期が一率に五月末日となつているが、同税の納期が毎月十日と法定されていることに鑑み、右交付要求は信用し難い。

(ニ) 又右交付要求にかかる昭和二十八年度の滞納源泉税が、仮りに原告主張のとおりとしても、同年度の最終納期は、昭和二十九年一月十日と法定されているので、右交付要求の当時は、五ケ年間の時効により消滅しているのである。しかも右時効は、援用を要せず、その利益を抛棄し得ないものであるところ、原告は、右時効の中断又は停止につき何等の疎明をなさなかつた。租税債権者が、虚無の債権の交付要求をなすことは、原則として考えられまいことは原告の主張するとおりであるが、本件における熱田税務署の場合は、前述した諸事情から、右の原則が適用されないことは明白である。破産管財人は、調査してもなお疑わしい財団債権の支払は、これを拒否すべき義務がある。このことは、破産管財人の財産債権の承認については、債権者集会の決議又は、破産裁判所の許可を必要とすることからも明白である。ところで、原告は、被告の右交付要求にかかる債権の不承認に対し、何等の説明も証拠の提出もせず又右債権の弁済につき、何等の手段も執つていないのである。

(三)  以上の事実からすれば、被告が原告主張の財団債権を除斥して、配当手続を完了しても、それは寧ろ原告において右債権の弁済を受けるための手段を怠つたものというべきである。

2  仮りに原告が、破産会社に対しその主張のような租税債権等を有していたとしても、被告が原告主張の財団債権を除斥して配当手続を実施したことについては、次のような理由から、被告には、その責に帰すべき過失はなく、勿論被告が、原告の右債権を除斥したことは、故意に基づくものでない。

(一)  前述したように破産会社は、破産宣告当時その資産皆無で、破産廃止をなすべき状態にあつたところ、破産債権は、次の(1) 、財団債権は、次の(2) のとおりであつた。

(1)  日米鉱油株式会社ほか二名

合計 金六十九万千二百五十四円。

(2)  愛知県税ほか三債権者

合計 約十三万八千円。

(二)  ところが、右日米鉱油において、右破産宣告前破産会社の財産の散逸を慮り予め破産会社所有の残存自動車二台を差押え、これに対し昭和二十九年十一月二十四日競落許可決定がなされたところ、破産会社が引延のため配当異議を申立てそのため日米鉱油は、右競落代金二十四万円につき配当金の受領がなし得なかつたところ、右破産宣告がなされた結果右競落代金は、破産財団所属財産となり、右金員が被告に交付されることとなつたのである。

(三)  しかして、被告は、右配当財団から先ず右の財団債権並びに共益費用等の財団債権を弁済した残余につき破産債権者に所定の配当手続をなせば、形式上は、破産管財人としての職責を全うしたこととなるのであるが、しかし、右のような日米鉱油の努力により破産財団が確保でき、しかも破産会社の不測の配当異議の結果日米鉱油においてその債務の弁済を受けられなかつた結果からみると、右のような形式的な配当手続をなすことは、反つて具体的妥当性を欠き、実質的に見た場合到底適法な配当手続とは考えられないので、右各財団債権者に対し、右のような破産財団が確保できた由来を説明すると共に、交付要求財団債権額につき本税の二分の一程度の支払いで残余につき徴収を見合わせるよう懇請したところ、右財産債権者は、右の申入を承諾し、その一部は、本税の半額で残余を事実上徴収しないとし、他は、右交付要求を撤回してくれたのである(この点についての原告の主張は、形式にのみに捉われているものであつて、右財産債権者等において一部の弁済を受けたに止りながら、何等異議を述べていない事実を無視するものである)。

(四)  かくて被告は、昭和三十四年四月頃迄には、一般破産債権者に対し配当を実施し破産手続を終結し得ると思つていた際原告から前述のような註釈付交付要求書の送達を受けたのであるが、前述したように原告主張の租税債権等の存在自体につき疑問があつたので、これを否認したうえ、しかし右租税債権が存在する場合のことを考え、その頃原告に対し併せて前記の破産財団に関する特殊事情と他の財団債権者等の事情を説明して、金二万千八百八十五円の弁済をなすが、その余の分を不問に附して欲しい、全額の支払には応じられない旨申入れたところ、原告の係員は後日回答するとのことであつた。

(五)  被告は、同年夏に至つても原告から回答がないので、再び原告係員に対し配当及び破産終結手続が原告の態度が明確でないため遅延している旨を附加し、前記のような申入をなしたが、前同様原告から回答がないので、同年秋最後的交渉のため熱田税務署に赴き前同様の申込をなすと共に若しこれに対する回答のない場合は、原告の右交付要求にかかる財団債権を除斥して配当手続を実施するかも知れないこと、その場合の原告の措置につき反問して早急な原告の回答を要請したのであるが、右税務署は依然何等の回答をなさず、前述したように右財団債権に対する説明も勿論疎明もなさずその儘放置した結果、前記配当手続は、原告の右不誠実な措置により約十ケ月間何等の進行を見なかつたのである。

(六)  被告は、右のような原告の措置により、破産手続の進行をその儘放置できないため、ここに原告から交付要求のあつた前記財団債権を除斥して配当手続を実施すべく、昭和三十五年一月二十二日先ず小破産の決定を受けた後法定の手続に従つて配当表の確定をみたうえ、右確定された配当表に従い同年三月五日所定の配当手続を実施し前述のように破産終結決定を受けたもので、右破産手続は、終了したのである。

(七)  元来破産手続は、秘密裡に行われる私的整理でないから、財団債権、破産債権の弁済等も破産裁判所の監督のもとに公然、公平に行われるもので、右各債権者等は、右手続の進行につき無関心で権利主張又は防禦手段を講ぜず、これを傍観すべきものではない。又破産法は、その手続を行う機関等の過誤のある場合を予定し、適時これが是正をなし得る機会を法定しているのである。これ等のことは、配当表の閲覧、配当額の公告、配当表の更正、これに対する抗告等の規定が存することからも明白である。又破産管財人の職務執行が不法又は不当の場合は、その解任すら申立て得るのである。原告が、被告のなした前記のような措置につき何等の措置もなさず、放置し、しかも破産終結後二年を経過して本件訴訟提起に至つたのは、寧ろ熱田税務署に過失があり、被告において、無批判に右財団債権を承認せず前記のような措置を執り原告主張の財団債権を除斥したことは、管財人の義務として又右経過からも明らかなように已むを得ないものであつて、何等被告に過失はないというべきである。若し原告の右のような措置が正当であり、被告の措置に過失があるというならば、具体的妥当な配当手続は到底期待できず、これを期待する破産管財人は、永久に破産手続を終結し得ないといい得るのである。

(八)  なお、原告は、被告において原告の要請した財産目録の提出をしないため、被告の附帯税免除の申入に応じなかつたに過ぎないし、無財産を原因とする徴税不能の措置を執り得なかつた旨の原告主張事実は、真実に反し、かつそれ自体矛盾があるというべきである。被告は、財産目録の提出を求められた事実のみは争わないが、これに応ずる義務がないので拒否したに過ぎない。

3  仮りに原告主張の財団債権が存し(但しその額は、元本のみで計上すると金七万六千二百四十四円である)たとしても、他の財団債権の元本を右元本に加えるとその元本合計額は、金十七万八千七十四円となり、一方破産財団から配当実施前に支出された金十万千三百五十七円(財団債権に対する支払分)を控除すると配当実施当時の財団は、金十八万六百四十三円であるから、原告に対する交付すべき額は十八万六百四十三分の十七万八千七十四となり、従つて原告主張の本訴請求額のような財団債権が仮りに存在していてもこれに対する支払額は、金七万六千三百十五円となるに過ぎない。原告の本訴請求額は、他の財団債権の存在を無視した不当のものである。

4  被告において原告主張の財団債権を除斥したことにつき過失があり、被告がその損害賠償の責に任ずるとしても、その額は、最大限度で前記のようであるうえ、原告には、その財団債権の弁済を受けるにつき、前記のように無関心で放置した過失があるので、被告は、ここに過失相殺を主張する。

三、立証。<省略>

理由

一、破産会社が、昭和三十年七月四日破産宣言を受け、被告が同日その破産管財人に選任されたこと、原告が昭和三十四年三月六日附で、原告主張の租税債権のうち利子税を除くその余につき、昭和三十年八月十六日交付要求書が提出してあるが、長期間経過のため再提出する旨の註釈を付した書面を被告に郵送し、被告が右書面をその頃受領していること、被告は、前記破産手続につき昭和三十五年一月二十二日小破産の決定を受けた後配当表を作成し、右確定された配当表に従い同年三月五日原告の右交付要求にかかる租税債権を除斥して配当手続をなしたこと及び同年六月一日右破産終結決定がなされたことは、当事者間に争いがない。

二、被告が原告の前記交付要求にかかる財団債権である前記租税債権を除斥して破産債権者に対する前記配当手続をなしたことが、その故意又は破産管財人としてなすべき善良なる管理者の注意義務に反するか否かにつき考えてみる。

1、成立に争いのない甲第三号証、乙第四号乃至九号各証及び同第十号証の七、八、十五、証人山本茂の証言(一部)により真正に成立したものと認められる甲第五号証、証人水野春樹の証言(一部)により真正に成立したものと認められる乙第一ないし三号各証、同第十号証の一ないし六、同号証の九ないし十四に証人宮川敏次の証言と被告本人尋問の結果によれば、次のような事実を認定することができる。

(一)  破産会社は、昭和二十七年十二月十二日資本金五百万円(全額払込ずみ)をもつて設立された貨物自動車運送事業を主たる目的とするものであるが、右設立当初から運転資金に之しく経営が不振で、第一期決算期である昭和二十八年三月末日現在においては、早くも金百二十五万五千三百三十円五十銭の欠損を生ずるに至り、越えて同年四月一日から昭和二十九年三月三十一日までの決算期において更に金二百三十一万五千三百二十六円五十銭の欠損を生ずるに至つた結果、同年五月頃購入自動車の月賦金の支払すらなし得なかつたことから、右運送営業につき不可欠の自動車すらも、その購入先から引上げられてその経営は全く不可能となり、その後日米鉱油株式会社から、金三十六万二千二百五十四円の買掛金債務の支払不能を原因として破産宣告の申立を受け、昭和三十年七月四日名古屋地方裁判所において、前記のように破産宣告の決定を受けるに至つたものである。

(二)  破産管財人たる被告は、右破産宣告決定後直ちに破産財団に属する財産の占有、管理をなしたが、右財団に属する財産として、現実に占有、管理に着手し得たものは、中古脇机、謄写版等の数点の動産に過ぎず、その結果第一回の破産債権者集会において、前記の諸事情及び右財団の現状を報告し、併せて右のような状況のもとにおいては、破産法第三百五十三条第一項による破産廃止に至る以外方法がない旨の報告をなしたものである。

(三)  ところが前記日米鉱油において、右破産宣告前前記売掛代金の回収を計るべく破産会社所有のくろがね三輪自動車二台を予め差押え、右差押にかかる右自動車の競売は、昭和二十九年十一月二十四日競落許可決定がなされたが右競落代金についての配当手続は、破産会社の異議により中止となり、その後右破産宣告により、右競売代金二十四万円と予納金四万二千円合計金二十八万二千円が、破産会社の破産財団に属することとなり、被告にこれが還付されるに至つた。

(四)  右破産財団から弁済すべき財団債権として、昭和三十二年十一月二十六日までに届出のあつた分は、昭和二十八、二十九年度の建康保険、更生年金保険料合計金八万九千二百円、右両年度分の失業保険料等合計金三万五千五百二十七円、右両年度分の市民税と昭和二十九、三十年度分の自転車税等合計金七千八百九十六円、昭和三十、三十二年度分の自動車税合計五千二百四十円であり、一方届出のあつた破産債権は、前記日米鉱油の前記債権のほか三債権合計金六十九万千二百五十四円であつたところ、被告は、右破産財団が確保できた原因が、前述のような右日米鉱油の差押手続によることに鑑み、右のような財団債権のほか、別個に生じていた財団債権につき弁済をなすと配当財団は、五万円程度の僅少額となり、右日米鉱油の破産財団確保につきなされた努力が殆んど省みられなくなることは、具体的公平妥当なものでないと考え、右各財団債権者を歴訪して右のような実情を訴へ、右各交付要求にかかる財団債権の各元本の半額程度の弁済と残余に対する事実上の徴収免除の取扱方を要請した結果その一部債権者においては全額につき、その一部債権者においては右元本の半額程度の弁済で満足しその余の分につき事実上徴収免除の取扱いをなす旨の承諾をなしたので、被告は、ここに相当額の配当財団を確保することができ、右のような被告の見解に従つた配当手続を完了したうえ、破産手続の終結をなし得るとして、右配当手続の準備をなしていた。

(五)(1)  ところが、昭和三十四年三月上旬に至り、被告は、原告から初めて同月六日附の前記理由一において記載したような交付要求書の送付を受け、原告が昭和二十八、九年度の源泉所得税につき金九万二千二百四十四円の租税債権及びこれに対する付帯税を主張し、その弁済の要求をなしていることを初めて知つたのであるが、破産会社の前述のような経営状態から、その従業員に対する給与の支払も遅滞していて、果して原告主張のような租税債権が存在するかそれ自体疑問であるうえ、被告が破産管財人として当時までに調査した結果によれば、破産会社においては、原告主張の右租税債権につき、これを未納として取扱つていないこと、右債権のうち昭和二十八年度分は、時効により消滅したものと考えられるのみならず、原告の右時期を失つた申出それ自体も不可解であるのに加え、既に被告の前記見解に従つた前記のような配当準備が進行している点をも考慮し、右破産債権者の筆頭債権者である右日米鉱油の宮川敏次と協議した後同月七、八日頃熱田税務署に赴き、右の請事情を述べて原告主張の右財団債権を否認する旨を明らかにした後右のような他の財団債権者の事例に従つてくれるならば、金二万千八百八十五円の限度において支払をなすことと、右債権の存在に対する資料の提出を要求したところ、同税務署係員において、その後何等の資料の提出も回答もないのでこの侭では拙角準備された右配当手続も何時になつても完了できないので、同年十月末頃再び同署に対し、右と同一の、原告の右財団債権の否認、その資料の提出及び併せて一部支払による示談解決を申入れたうえ、更にこれに対する回答を早急に要請し、若し右に対する措置がない場合は、原告主張の右財団債権を除斥して配当手続をなす旨併せ警告したのであるが、原告からは、その後も何等の回答がなく又右財団債権の存在につき何等の主張も又資料の提出がないため、前記理由一において記載したような順序に従い、小破産の決定、配当表の作成、公告、その確定等の所定手続を終たが、その間原告から何等の申出もなく昭和三十五年三月五日確定された配当表に従い原告の右財団債権を除斥して配当手続を完了し同年六月一日右破産終結決定が確定するに至つたものである。

(2) 熱田税務署は、昭和二十九年四月十四日当時において既に破産会社に対する徴税のため差押の必要を認めながら、適切な徴税手段を尽さず、昭和三十年三月八日に至り右会社は、事実上解散し、無財産であるとして取扱い破産会社に対する徴税につき熱意を示した形跡がない。

2、前記の認定に反する証人水野茂、同山本茂、同原勇、同石山琢男の各証言は、当裁判所のたやすく信用し難いものである。前記甲第六号証中昭和三十年八月十六日被告に対し交付要求書を発信する旨の記載部分は、その前の抹消部分及び右記載の前後の体裁等に鑑みると果して同日被告に対し右交付要求書が発送されたとまで認定し難いのみならず、前述した他の財団債権者の交付要求書が全て被告に到達していることは成立に争いのない乙第四ないし第七号各証により認められるので、少くとも原告の右交付要求書は、被告に対し送達されていないと認めるのが相当である。

3、破産管財人は、疑わしい財団債権については、これを否認すべき義務があることは、破産法第百九十七条第十三号の規定に照らし当然といわねばならない。しかして破産管財人において、財団債権の存否につき疑を生じた場合その存否を確定するため自ら積極的に証拠資料を集めてその存否を確認すべき義務があり、又その存否が確認できない場合積極的に右財団債権者に対しその申出の財団債権の不存在確認等の訴訟提起の義務があるとは、到底解し難い。唯財団債権の存在がその提出の証拠資料等により確認し得る場合においてもなお、これを否認した場合は、同法第百六十四条によりその善良なる管理者としての注意義務違反による責任を免れないというべきである。以上のことは、財団債権が租税債権であつても同様に考へるべきである。唯租税債権の場合は、その立証につき、一般私法上の債権に比し、その程度において相違があるに過ぎず、一片の交付要求書の提出をもつて、右要求の租税債権の存在を否定する破産管財人に対し、右の否認がその善管義務に違反するとは、解し難いのである。反つて同法第四十七条第二号但書による租税債権がその発生、原因において破産債権者の利益に帰することから、これを財団債権として取扱うことについては、理由があると思われるのであるが、破産宣告前の租税債権の全てを、同号本文により財団債権として取扱うことの合理的が、公益上の必要が認められるか否か疑問視されるのであるから、破産管財人が、租税債権を否認した場合、右債権者たる財団債権者は、進んで十分な証拠資料を提出するか、又はその確認の訴を提起し右債権の確定を図るべきものというべきである。

4、以上のような事実関係及び当裁判所の見解に従うときは、破産管財人である被告が原告主張の前記租税債権を除斥し、破産会社に対する前記のような配当手続を完了したことは、何等破産管財人としての善良なる管理者の注意義務に違反したとは到底認め難いのである。被告が右配当率又は配当額を通知する以前において、原告主張の右租税債権につき、その申出を受けていたとしても、その存否を確定する証拠の提出も又訴訟の提起も受けていないうえ、原告に対し既に被告申出の所定の措置がない場合は、原告の右財団債権を除斥して右配当手続をなす旨予め警告をなしていたのに対し、原告から何等の措置がとられなかつたことは、前述のとおりであるから、被告の右配当手続が、当時原告から主張があり、このため被告に知られていた財団債権を除斥したという結果が生じたとしても、これは同法第二百八十六条に反し、被告が前記の注意義務に違反したものであるとも認め難いのである(なお、附言すると、被告が仮りに原告から昭和三十四年三月六日附の前記理由一において記載したような交付要求書の送付を受ける以前において、前記日米鉱油の破産財団確保につき尽した努力に意を注がないで、形式的に届出のあつた財団債権並に破産手続に関する費用等の財団債権をその都度順次弁済していたならば、右昭和三十四年三月上旬には、配当手続は既に終了し、原告は、同条に基づきその主張する前記租税債権につき除斥される結果となつていたことも考えられなくないのである。若しそうだとするならば、原告は、被告に対し前記注意義務違反に基づく責任の追及し得ないことすら考えられるのである)。

三、以上の次第で被告が原告主張の財団債権を除斥し、破産会社の配当手続を終了したことは、被告が破産管財人としてなすべき注意義務に違反したものでないのであるから、原告の本訴請求は、その余の原、被告の各主張につき検討するまでもなく失当として棄却を免れ難い。よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 外池泰治)

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